2017年05月02日 風俗部ニュース PR
なぜ風俗に入ったのか?――性的なことが好きだから、日常生活では満たされないものがあるから、奨学金を返すため……風俗への「入口」はメディアが風俗嬢を扱うときの重大テーマです。 「入口」ばかりが議論される中、一般社団法人GrowAsPeople代表理事である角間惇一郎さんは、一貫して風俗嬢の「出口」に注目してきました。40歳から風俗を続けることが難しくなる「40歳の壁」を見据え、夜の世界で働く女性たちのセカンドキャリア支援を行っています。 なぜ、「入口」ではなく「出口」が重要なのか。初の著書『風俗嬢の見えない孤立』(光文社新書)の刊行を記念してお話をうかがいました。 加熱した「風俗」×「貧困」報道 ――ここ数年、風俗と貧困とを結びつけるような記事が多くでましたが、一連のブームについてどう感じましたか? 角間 正直に言うと迷惑でしたね。風俗の話は刺激的に感じる人が多く、PVを取りやすいからか、ここ数年は多くの記事がでました。それも、現状についての解決策を提示しているわけではなく、「この話ヤバいね」「今の自分の生活はヤバくなくてよかった」と、自分より深刻な状況をみて安心させるだけの記事が多かったように思います。 しかし、ぼくたちは風俗嬢のリスクの一つとして、孤立することを問題視してます。相談しやすいような環境をつくるため、丁寧に関係性をつくってきました。「ヤバい人たちがいる世界」と報道されてしまうことで、彼女たちは相談しづらくなってしまいます。 ぼくの団体にも、「風俗嬢を紹介してください」と取材がくることがありました。その時、就職しながら風俗も兼業していて、月60万円ほどの収入があって……とよくいる女性のパターンを説明すると、「もっとすごい人紹介してくれません?」と注文がくることもありました。そうじゃないと、メディアには出せないということなんでしょう。メディアで取り上げられた多くの風俗嬢たちは、全体を見るとかなり少数派の人たちでした。 そもそも、風俗嬢を定義することは非常に難しいのですが、かなりあいまいな記事も多くありました。風俗の出勤形態は自由なので、数カ月に一回しか出勤しない人もいれば、月に20回出勤する人もいます。専業の人もいるし、副業の人もいる。当然、収入のバラツキも、やる気のバラツキもあります。やれば誰でも稼げる仕事ではありません。コミュニケーション能力のある人は稼げるし、シングルマザーのように働ける時間が短い人は稼げない。このように、多様なグラデーションがあるのですが、一度風俗に関わると、すぐに「風俗嬢」になってしまい、「困窮している人」「ヤバい人」として扱われてしまう状況があると感じています。 マジョリティーはどこにいる? ――では、風俗嬢のボリュームゾーンはどのような人たちなのでしょうか。 角間 ワークスタイルをもとに、ぼくは風俗嬢を4パターンに分類しています。 まず収入が高くて職業意識も高い右上の層は、月収だけで7桁あったりする超売れっ子たちです。次に、低収入だけど職業意識の高い左上の層。彼女たちは風俗嬢としてのプライドを持ち、同時にライターとして活躍して風俗嬢の体験を発信するなど情報発信能力にたけています。 収入が低く、職業意識も低いのが左下の層です。よく貧困と性風俗の問題で取り上げられるのは彼女たちですが、2割ほどしか占めていません。最後に、職業意識が低く、収入の高い右下の層。ここがボリュームゾーンで、全体の60%ほどいるのですが、メディアからも注目されず情報発信もされません。 このサイレントマジョリティの層がぼくたちの支援対象です。彼女たちは自分たちがセックスワークをしている意識はありません。暮らしていける程度の収入はあるけれど、稼ぎのための単なるツールだと考えている。彼女たちに共通しているのは「バレたくない」と思っていること。バレると仕事を辞めざるを得なくなり収入源がなくなるし、バレた相手によっては脅迫を受けるなどのリスクが発生する可能性もあります。 ――なぜサイレントマジョリティの層を対象にしているのでしょうか。 角間 右上の層と左上の層は支援を必要としていない場合が多いですし、左下の層は障害や貧困などの風俗以外のところに問題を抱えているので、すみやかに行政や支援団体につなぎます。一方で、右下の層は、今現在お金があって生活していけないわけではないので、そんなに困っていないんです。 ――困っていないんですか? 角間 そうですね。深刻には困っていません。外からみると「今すぐ辞めたいと思っている女の子ばかりだ」というイメージがあるかもしれませんが、本人たちも風俗を辞めたいぞと強く思っているわけでもない。収入もたっぷりあったりする。 ちなみに、ときどき、彼氏を名乗る男性から「彼女が風俗で働くのを辞めさせたい」と連絡がくることがあります。たぶん、惚れこんでしまったお客さんが、彼氏を装って連絡してきているんでしょう。彼らは本人がやめたいかどうかは聞いていないですし、聞いていたとしても騙されている可能性もあります。 お店によっては「なんで風俗で働いているの?」と聞かれたときの回答集があって、若い女性だったら「学費のために」って言っておくよう指導します。そうすると、「生活費」「遊ぶ金ほしさ」というよりも、お客さんはキュンとして喜ぶわけじゃないですか。そういった客のためのファンタジーを鵜呑みにして「彼女たちは辞めたいと思っている!」と考えても仕方ありません。 かといって、彼女たちがまったく困っていないわけでもないのです。彼女たちは「バレたくない」と思っていながらも立場を明かさないといけない時がきます。妊娠や出産、子育て、親の介護などがあると、病院、行政、学校などに職業を聞かれることもあるでしょう。そのときに彼女たちは相談するのを躊躇し、孤立してしまう。そして、より事態が悪化してしまうことがあります。 ――なによりも「バレたくない」と考えているんですね。 角間 さらに、彼女たちが一番困ってしまうのは、「風俗を辞めるとき」です。風俗嬢には40歳から風俗を続けることが難しくなる「40歳の壁」が存在します。そこから転職しようとしても、履歴書に風俗の職歴を書くことができない。ぼくらは、このような「出口」への支援も行っています。 ――なぜ40歳の壁があるのでしょうか? 角間 「女性の魅力がなくなるからだ」と思う人もいるかもしれません。しかし、魅力よりも大きいのは体力の問題です。 多くの仕事は、経験年数が増えてくると人脈が増えたり、仕事を誰かに回せたりして、自分はマネジメントの仕事につくなどできるでしょう。しかし、風俗の収入は、経験やノウハウにではなく、出勤日数によって発生します。指名料は微々たるものです。自分の体を動かせば動かす分だけ発生するのです。 つまり、若ければ若いほど体力がありますが、年を重ねると体力が落ち、出勤するのが難しくなります。そのうえで、指名する客も若い新人を好む傾向があるので、単価も安くなります。40歳付近でやめざるを得なくなるのです。そういうと、「70歳の風俗嬢を知っている」とか、「熟女ブームだから」と、言い返す人もいるのですが、これはかなりまれなパターンです。 ――多くの人は40歳で引退を余儀なくされてしまうと。 角間 そうですね。だからぼくたちは「出口」に注目しています。多くの場合、特に風俗の取材をする人は「入口」を重視しがちです。なぜ風俗嬢になったのか? 彼女の心の闇とは? といった書き方はよくありますね。多くの人たちもなにか特別な理由があるに違いないと決めつけている。でも実際に彼女たちに話を聞くと、入る理由は本当に多種多様です。だから、入口を問うことには意味はなく、みんなが困る出口について支援することが重要だと考えています。 「出口」に問題を抱えている意味では、風俗嬢とアスリートは非常に似ていると思います。入る理由も人それぞれだし、稼げるか稼げないか、プロ意識を持つか持たないかもその人次第。でも、40歳で体力の限界はきて、引退を迎えてしまいます。そこで、誰もが監督になれるわけでもなく、今までやってきたキャリアが有効に生かせるわけではありません。 ――セカンドキャリアの問題になってくるんですね。 角間 そうです。風俗を「いずれ引退しなきゃいけない仕事だから辞めた方がいい」としたら、スポーツ選手を目指すこともダメになってしまいますよね。キャリアの応用の利かなさでいけば、ミュージシャンやお笑い芸人だってそうでしょう。ぼくは、キャリアが途絶えても次に行けるのが健全な社会だと思っています。風俗嬢が次に行けるインフラは、アスリートなどのセカンドキャリアが必要な人のためのインフラにもなるのです。 ――どのようなセカンドキャリアが想定されているのでしょうか? 角間 ぼくたちは、すぐに辞めさせるような支援はしません。というのも、急に昼の仕事をはじめても、夜の仕事に戻ってしまうからです。風俗の仕事は、昼の働き方と全然違います。風俗は、365日、24時間、いつでも好きなときに数時間働けば、その日のうちに給料がもらえる仕事です。一方、昼の仕事では、朝起きて8時間働き、給料が振り込まれるのは1か月後。「全然お金がもらえない」「風俗の方が楽」とまた戻ってしまうことが多いのです。 ですので、まずは夜の仕事を続けてもらいながら、徐々に昼の仕事に移行してもらう方法を取るのです。インターンシップの機会を提供し、少しずつ昼の仕事に慣れてもらう。また、風俗嬢の多くは昼間に多くの余剰時間があるため、その空いている時間でトライしやすいような資格を取れるようにします。 価値観ではなく、事実を積み上げて ――お話を伺っていると、非常に具体的な支援をしていると感じました。 角間 そうですね。風俗の議論は人権問題や、エロ、モラルなど、多様な見方で論じられてきました。「風俗は女性蔑視だ」とか「風俗嬢としてプライドをもつべきだ」などと意見が分かれますし、「風俗があるから性暴力が減る」とか、「風俗こそがセーフティネット」というような暴論も存在します。 だからこそぼくは、自分の定点を価値観ではなく、事実ベースに置きたいと思ったんです。人は誰でも年を取るし体力が落ちる。1日24時間があるのは貧困だろうが金持ちだろうが同じです。 価値観で判断していたら「こんな動機で風俗をしているやつは助けない」と支援を取りこぼしてしまう可能性があります。どんな動機、どんな価値観であるにせよ、「辞める時がくるから、そのあとにどうしようか」「暇な時間があるなら、どう活用しようか」と考えていきたいんです。 『風俗嬢の見えない孤立』では、性風俗で働く女性から取り続けたアンケートなどの具体的な数字をもとにしながら、今まで印象論で語られることの多かった風俗嬢の姿を書きました。そこにあるのは、「性のプロ」として活躍しているわけでもなく、「どうしようもなく貧困」であるわけでもない、普通の彼女たちの姿です。印象論で語る前に、ぜひ手に取ってみてください。 (聞き手・構成/山本ぽてと) (messy)